取調室 Ⅴ
相変わらず大粒の雨が打ち付ける警察署は、さまざまな音が小気味よく紡がれてゆく。
古びた取調室の扉を出ると、刑事は大きく息を吐き出した。酷く、疲れてしまった。未だ嘗てこれ程までに疲労感を伴う取り調べをした事がない。白が黄ばんだ壁に凭れ、再び大きく溜息を吐いた。
「先輩、お疲れ様です」
そんな刑事の元に、一人の年若い刑事が意気揚々と歩み寄った。こちらは今そんなテンションではないと思ったものの、子供じみた八つ当たりをしては威厳も何もあった物ではない。そう自分を諌め、刑事は髭に覆われた口元を軽く持ち上げた。
「ああ、お疲れ」
明らかに疲労の色が濃く浮かんだその顔を訝しげに見上げ、若者は一つ声を落として問い掛けた。
「どうです、吐きましたか」
刑事はふっくらと膨れた頬を揺らし、ゆっくりと首を振った。
「しぶといですね」
先輩刑事の真似事のように眉根を寄せて、若い刑事は小さく唸った。しぶとい、と言うか、順を追って話させたのは自分なのだけれど。
「まあ、兄ルイスの線が強いかな」
「どういう事です?」
若き好奇心を隠す事も無く輝かせる後輩を前に、刑事は低く唸った。
「つまりだな、セシリオ・ブルーナだと思って逮捕したんだが、実際は違ったんだよ」
其れ以外にどう説明したら良いのだろうか。一瞬首を傾げたものの、若い刑事はあっと声を上げた。
「……ちょっと、こう?」
若い刑事は伺うように男を見やり、指先でこめかみを叩いた。其れには中年刑事も再び小さく唸ってしまった。
彼が精神を病んでいると言うのは、きっと誰でも一度は頭を過るであろう。取調室で記録を付けている警官さえ、狂人を見るような眼差しを何度か向けていた。刑事自身、何度もそうやって片付けてしまおうかとも思った。だがこの事件は、其れで片付けてしまって良い物ではないと、いつも自分を鼓舞していたのだ。
「其れで、何故兄貴の方だと?」
急に黙り込んだ刑事をつつくように、若者は至極軽い様子で答えを求める。
「ううん、雰囲気かな。そう言うもんはなかなか真似出来ないだろう?」
「……さあ」
間の抜けた答えにがっくりと肩を落としながらも、刑事自身未だどちらかは半々なのだ。
今まで見てきた感じだと、今取調室にいる少年が兄ルイスである事は間違いない。だが其れは精神性の問題であって、ルイスを演じるセシリオと言う疑惑は全くもって晴れないのである。双子であるのだから、真似をする事くらい、簡単なのかもしれないのだし。
再び自分が思慮の波間で漂っていた事に気付くと、刑事は思わず頭を抱えてしまった。
「ああ、お前、こんなとこで遊んでいていいのか。俺ももう戻らなきゃいけないんだよ」
何時までも首をかしげる若輩者を軽く手で払い、刑事は再び大きく溜息を吐き出した。渋々その場を離れる背中を見送り、視線を薄汚れた扉に向ける。
これからの告白は、正にこの事件の核となる部分であろう。まだ完成されていない幼い少年の中に何が芽生えたのか。そして、其の身に何が起こったのか。知る事が怖くもある。だが乗りかかった船だ。最後まで航海を続けなければ。
自らの心に鞭を打ち、刑事は最期の扉を開いた。